最高裁判所第一小法廷 昭和43(オ)280 判決
主 文
原判決を破棄し、本件を東京高等裁判所に差し戻す。
理 由
昭和四三年(オ)第二八〇号上告代理人長野潔、同長野法夫、同松井元一の上告
理由および同二八一号上告代理人柏原語六、同五十嵐力の上告理由について。
原審は、本件土地建物は、昭和四三年(オ)第二八〇号同二八一号各被上告人B
1(以下第一審被告と略称する)が右第二八〇号被上告人同二八一号上告人B2外
二名(以下第一審原告らと略称する)の先代Dの後見人として、右Dを代理して買
い受けたものである旨の第一審原告らの主張、および右は第一審被告が右第二八〇
号上告人同二八一号被上告人株式会社A(以下参加人と略称する)の代表取締役と
して同会社のために買い受けたものである旨の参加人の主張に対し、右の主張は証
拠上いずれもこれを認めることができないとし、その事情として、売主であるEの
関係者は、本件土地建物の売買にあたり、買主としては信用ある個人を望み、各種
会社の役員や仏教団体の会長をつとめ、社会的信用をえていた第一審被告を
最適任者と判断して右物件の払下をしたものであつて、右Dまたは参加人会社にこ
れを売り渡す考えはなかつた旨、また第一審被告B1としても、Dを代理しあるい
は右参加人会社を代表してこれを買い受ける考えはなく、その払下に関する契約書
その他の手続は第一審被告名義で行われた旨の事実を認定している。
しかしながら、他方原審の確定するところによれば、第一審被告B1は、Dの先
代の死亡した後Dの姉婿として同人の後見人に就任し、以来本件売買当時に至るま
でD一家の内部で家長と等しく一切をとりしきつていたのみならず、ひいてはいわ
ゆる個人会社の実態を有する参加人会社の代表取締役として同会社の経営の実権を
握つており、右会社の経理とD一家と第一審被告B1個人の経理は相当混淆されて
いて、右買受代金も参加人会社もしくはD一家の預金から支出した疑いが甚だ濃い
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のみならず、本件建物は洗心荘と名付け、参加人会社の従業員等の修養道場として
用いられたことがある一方、その動力、ポンプ修繕の各費用、諸雑費のいわゆる維
持費は同会社から支出されていたというのであり、加えて、宮家当局者が右払下の
決定をす
るにあたつては、第一審被告が福神漬を売る「A」という店の者ということに強い
印象を受けていたというのである。
これらの事実によれば、たとえ右払下の手続がすべて第一審被告個人の名義によ
つて行われたとしても、第一審被告が本件土地建物を買い受けたのは、同人個人の
ためのみであつたとは断じ難く、売主たる宮家の関係者においても、第一審被告を
単なる個人としてよりも老舗Aの代表者として意識し、右Aに対してこれを払い下
げる意思のもとに本件売買契約を締結したものと推断するに難くない。まして、本
人のために商行為となる取引においては、代理人が本人のためにすることを示さな
くても、その行為が本人に対して効力を生ずるものであることは当裁判所の判例と
するところであり(最高裁判所昭和四一年(オ)第一〇号、同四三年四月二四日大
法廷判決、民集二二巻四号一〇四三頁参照)、このことは相手方が本人のためにす
ることを知らなかつた場合であつても、異ならない。この趣旨に徴すれば、本件の
如き会社であるAの代表者が個人の名義を用いて売買契約を締結したとしても、そ
の効力は直接本人であるAに及びうるのであつて、これが単に第一蕃被告個人のた
めにする取引であるためには、右の法理の適用を排除するに足る相当な事由がなけ
ればならないものというべきである。
しかるに、原審は、その点について十分な理由を示すことなく、前示の如き事情
があるにもかかわらず、これらが第一審原告らおよび参加人の主張を支持するに足
りないものとし、たやすく同人らの請求を排斥しているのであり、これは前示商行
為における代理に関する法律の解釈を誤つたか、あるいは事実の認定にあたり経験
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則の適用を誤り、ひいて理由不備の違法を犯したものというべく、この違法は原判
決の結論に影響すること明らかであるから、論旨は右の限度において理由があり、
原判決は破棄を免れない。そして、本件は、右の点についてさらに審理を尽さしめ
るため、これを原審に差し戻すのが相当である。
よつて、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決す
る。
最高裁判所第一小法廷
裁判長裁判官 長 部 謹 吾
裁判官 入 江 俊 郎
裁判官 松 田 二 郎
裁判官 岩 田 誠
裁判官 大 隅 健 一 郎
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